主日礼拝のご案内

当教会は、プロテスタント信仰のキリスト教会です。
統一協会、モルモン教、エホバの証人とは、一切関係ありません。
どなたでもお気軽にお越し下さい。

お見えになるときは、十字架の教会堂の階段をお上がりになるか、
階段に向かって左奥のエレベータをご利用ください。

"神を信じ、未来を信じ、希望を抱き歩む共同体"
  
希望はわたしたちを欺くことがありません。
わたしたちに与えられた聖霊によって、
神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。
   《新共同訳聖書 ローマの信徒への手紙5章5節》 
 

   (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
 (c)日本聖書協会          
      Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988 
  
 
     
 
   2018年5月27日(日) 午前10時30分
   聖霊降臨節第2主日(三位一体主日)礼拝
   新共同訳聖書 ローマの信徒への手紙8章1〜17節
  宣教 「」      
         日本キリスト教団西神戸教会   
               尾堂拓哉牧師
 
讃美歌21-008
「心の底より」
讃美歌21-352
「来たれ全能の主」
讃美歌21-417
「聖霊によりて」
 交読詩編  77 編 
             
新共同訳聖書:  ローマの信徒への手紙8章1〜17節

◆霊による命
従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません。 キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。 肉の弱さのために律法がなしえなかったことを、神はしてくださったのです。つまり、罪を取り除くために御子を罪深い肉と同じ姿でこの世に送り、その肉において罪を罪として処断されたのです。 それは、肉ではなく霊に従って歩むわたしたちの内に、律法の要求が満たされるためでした。 肉に従って歩む者は、肉に属することを考え、霊に従って歩む者は、霊に属することを考えます。 肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和であります。 なぜなら、肉の思いに従う者は、神に敵対しており、神の律法に従っていないからです。従いえないのです。 肉の支配下にある者は、神に喜ばれるはずがありません。 神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。 キリストがあなたがたの内におられるならば、体は罪によって死んでいても、“霊”は義によって命となっています。 もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。 それで、兄弟たち、わたしたちには一つの義務がありますが、それは、肉に従って生きなければならないという、肉に対する義務ではありません。 肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きます。 神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。 あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。 この霊こそは、わたしたちが神の子供であることを、わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます。 もし子供であれば、相続人でもあります。神の相続人、しかもキリストと共同の相続人です。キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるからです。

                                 (c)共同訳聖書実行委員会:(c)日本聖書協会
      交読詩編 77 編 
 (c)共同訳聖書実行委員会
   (c)日本聖書協会
(司式者は朱記表示、会衆は黒表示、司式者と会衆がともに拝読する箇所は黒のブロック表示としています。) 
【指揮者によって。エドトンに合わせて。アサフの詩。賛歌。】

神に向かってわたしは声をあげ
      助けを求めて叫びます。
神に向かってわたしは声をあげ
      神はわたしに耳を傾けてくださいます。
苦難の襲うとき、
      わたしは主を求めます。
夜、わたしの手は疲れも知らず差し出され
      わたしの魂は慰めを受け入れません。
神を思い続けて呻き
      わたしの霊は悩んでなえ果てます。

あなたはわたしのまぶたをつかんでおられます。
      心は騒ぎますが、わたしは語りません。
いにしえの日々をわたしは思います
      とこしえに続く年月を。
夜、わたしの歌を心に思い続け
      わたしの霊は悩んで問いかけます。
「主はとこしえに突き放し
      再び喜び迎えてはくださらないのか。
主の慈しみは永遠に失われたのであろうか。
      約束は代々に断たれてしまったのであろうか。
神は憐れみを忘れ
      怒って、同情を閉ざされたのであろうか。」
わたしは言います。
      「いと高き神の右の御手は変わり
       わたしは弱くされてしまった。」
わたしは主の御業を思い続け
      いにしえに、あなたのなさった奇跡を思い続け
あなたの働きをひとつひとつ口ずさみながら
      あなたの御業を思いめぐらします。
神よ、あなたの聖なる道を思えば
      あなたのようにすぐれた神はあるでしょうか。
あなたは奇跡を行われる神
      諸国の民の中に御力を示されました。
御腕をもって御自分の民を
      ヤコブとヨセフの子らを贖われました。

大水はあなたを見た。
      神よ、大水はあなたを見て、身もだえし
      深淵はおののいた。
雨雲は水を注ぎ
      雲は声をあげた。
あなたの矢は飛び交い
      あなたの雷鳴は車のとどろきのよう。
稲妻は世界を照らし出し
      地はおののき、震えた。
あなたの道は海の中にあり
あなたの通られる道は大水の中にある。

      あなたの踏み行かれる跡を知る者はない。
あなたはモーセとアロンの手をとおして
      羊の群れのように御自分の民を導かれました。
礼拝を正しく心よりお守りいただくために
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